「英彦山から天孫降臨が始まり天の八衢の神・猿田彦は日田の神であった」

 英彦山は「天孫降臨」の場所だった。これまで少数的には語らるものだったが、私は、この英彦山こそ、天孫降臨の原型だったとここ半年だが確信するようになった。
 何故なら、英彦山は元々「日子山」であって、太陽の御子という意味にもつながる。英彦山神宮のホームページに「英彦山は、古来から神の山として信仰されていた霊山で、御祭神が天照大神(伊勢神宮)の御子、天忍穂耳命であることから「日の子の山」即ち「日子山」と呼ばれている」。余談だが、田川香春岳(香春神社)も同じ天忍穂耳命を祭神している。
 英彦山神宮の社殿が出来たのも、崇神天皇の41年とされ、時代は古く、縄文遺跡もある。一般的には英彦山の歴史については新しい時代のものと言われるが調べて行くと「英彦山縁起」にも徐福伝説が書かれ、筑紫から英彦山へやって来て「不老不死」の薬を隠したという記述まで書かれているではないか。どうも歴史が消されている。

 「天孫降臨神話」

 天孫降臨神話は、日本神話において、瓊瓊杵尊命が、天照大神の命を受けて葦原の中つ国を治めるために高天原から日向の高千穂峰へ天降(あまくだ)った物語りである。
 瓊瓊杵尊命は天照大神から授かった三種の神器をたずさえ、天児屋命などの神々を連れて、高天原から地上へと向かう。途中、猿田毘古神が案内をし、瓊瓊杵尊命は筑紫の日向の高千穂に降り立ったという、『記紀(古事記と日本書紀)』に記された日本神話である

「英彦山に関わる高木神と天忍穂耳命」

 『記紀』神話で始めて生まれてくる神が天御中主尊と神皇産霊尊と高皇産霊尊で別名が高木神である。英彦山から筑豊にかけて高木神社が多く存在している。
 また英彦山神宮の御神徳では「その昔、鷹の姿をして東よりこの地に現れた稲穂の神、農業神で知られる天忍穂耳命。英彦山神宮は神様のご神徳により、農業生産、鉱山、工場の安全の守護神また、勝運の神様として古来より崇敬されています」と書かれている事からも、鷹=天忍穂耳命を言い伝えているのである。
 天孫降臨を命じたのは高(鷹?)木神と天照大神の二人で当初、天孫降臨をする予定だった神は天忍穂耳命(英彦山・香春岳)であったが天忍穂耳命が天孫降臨の準備をしていた時に、天津日高日子番能邇邇芸命(ニニギノミコト)が生まれたので天忍穂耳命が自ら、この子を降ろすべきでしょうと言った。
 邇邇芸命の名前にも、日高(日鷹)と日子(天照大神の子)という名(諡号)が付いているのにも日田と彦山の関連を思い出させる。
天孫降臨は南九州の高千穂と霧島と日田と福岡市の日向峠などの候補地がある。天孫降臨と日田の関係を書いているのが、澤田洋太郎氏と高木彬光氏と関裕二氏。
 澤田洋太郎と高木彬光は、日田の郷土史家「福本英樹」の影響を受けて日田は猿田彦の天の八衢であると仮説し関裕二は日田から鹿児島の野間岬へ天孫降臨したと紹介している。八衢(八又)とは「八方に別れる道」の意味で交通要所の地であるから、高木彬光氏は日田を注目しているのである。
  私の仮説している英彦山から天孫降臨が始まり、その途中の天の八衢(日田)で猿田彦が待ち受け、葦原の中つ国に天孫降臨していったのではないかと想像する。

「天照大神の生まれた日向は宮崎でない」

 『日本書紀』には「日向」の語源説話として、景行天皇と日本武尊の征西説話において、「是の国は直く日の出づる方に向けり」と言ったので、「日向国」と名づけたと記述されている。
 神話の日向は三つあって、
@天照大神と素戔嗚尊と月読尊が生まれた「日向」。A天孫降臨地の「日向」B景行天皇が名付けた「日向国」
 この日向を区別しないで混同していると『日本書紀』の嘘に騙されてしまう。@とAには日向であるがBは日向国である。『日本書紀』の天孫降臨は邇邇藝命は高天原を離れ、天の浮橋から浮島に立ち、筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降った。と言い日向国とは記述されていないのである。
『海神宮 訪問神話の研究』宮島正人氏も[日向]という名称がこれほど頻繁に『記紀』に登場するというのに筑紫島の中に正しく[筑紫国]の存在は見えても一方の[日向国]の名称が出てこないのはなんと言っても不自然である。

「抹殺された日子山と九州の蘇我王朝」

日本書紀が720年に編纂され、勝者藤原氏の時代がやってくる。その時に敗者、蘇我氏を消し去り、819年に日子山を彦山と改称させられ、蘇我氏の祖である武内宿禰は景行天皇伝承にすり替えられ景行天皇の最終目的地は日田である。
 日子山の意味をもう一度検証する必要があり、そこに檀君神話と日田の藤原恒雄(鷹)伝承が大きく関わっているのではないか。
 
 あくまでも神話と伝承で古代史の謎を解く事は不可である。しかし『日本書紀』の記述の半分は嘘であり、『古事記』も三割は嘘という。『古事記』は出雲神話を大きく拡大して記述している。そいう裏からの視点も必要ではないだろうか。
 また伝承として、葛城直は「九州日田の豪族として、神武天皇の東征に従う」(『姓氏家系大辞典』)また、代成務天皇の御世に 、葛城国造と同祖、止波宿禰を日田国造り定めたなどの蘇我氏と同族の葛城氏と日田の関係。また久津媛神社の末社に鴨神社の存在といい、武内宿禰(景行天皇)を祖とする蘇我氏と日田のつながり。そして英彦山神として祭られる藤原恒雄の本当の姿は天忍穂耳命で、大和岩雄氏の「藤原恒雄は日本人化していたがそれが、記・紀神話の主人公に変えられて、天忍穂耳命となった」という意味がどれだけ大きな意味かが伺える。
 英彦山=檀君神話=天の日矛=都怒我阿羅斯等=素戔嗚尊=天忍穂耳命=武内宿禰=景行天皇=浦島太郎(『日本書紀』の浦嶋子)=藤原恒雄という新羅から倭国を歩き渡たり日本という国の生い立ちを築きあげて行った人々なのである。
 天孫降臨神話には日本創世の秘密が隠されているのである