参考資料  日田市の歴史年表  参考資料 日田市史より

旧石器時代

縄文時代 

 

弥生時代 

     

     

     

     

     

     

三世紀末    四世紀

中期五世紀

      

      

      

      

6,7世紀後期

      

      

      

      

奈良時代 

593年    

      

      

      

      

      

      

      

      

      

 

 

      

      

      

平安時代  

842      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

      

鎌倉時代

1194

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南北朝時代

1333

 

 

室町時代

1338

 

・長者原遺跡・平野遺跡・田代遺跡・千倉遺跡・松野原遺跡・柴尾遺跡

・長者原遺跡・小迫辻原遣跡・穴原遣跡・萩尾遺跡・吹上遺跡・松野原遣跡・内河野遣跡 大部遺跡・隈山遺跡・若八幡神社遺跡

・吹上遺跡、前期から後期に及ぶ土器片等出土。竪穴式住居跡・組合式石棺・土壙墓等が発椙される。

・朝日宮ノ原遺跡、前期から後期に及ぶ土器等出土。竪穴式住居跡・甕棺墓・組合式石棺等が発掘される。

・小迫辻原遺跡 前期から後期に及ぶ土器等が出土。竪穴式住居跡・甕棺墓等が発掘される。

・早場遣跡 組合式石棺・甕棺墓等が出土。箱式石棺から後漢時代の方格規矩鏡出土する。

・早場第二遺跡甕棺等が出土する。

・平島遣跡 後期後半の環溝、竪穴式住居跡が出土。他地での環溝集落が形成されている。

・小迫辻原遺跡 二基の環壕居館跡がつくられる。

・城山古墳 前方後円墳

・楽師堂山古墳 円墳で円筒埴翰が出土。

・ダンワラ古墳 金銀錯嵌珠竜文鉄鏡出土。

・姫塚古墳 蛇行剣が出土。

・平島遺跡 カマドを有する竪穴式住居跡が出土。

・成務天皇の時代 比多国造が置かれ止波足泥(鳥羽宿禰)といい、会所宮に居住する。

・法恩寺山古墳 変形五獣鏡・勾玉・直刀・雲珠等、が出土。四号墳に同心円文などが描かれる。

・欽明天皇の時代 日下部君等の祖。邑阿自が靫部して仕える。

・ガランドヤ古墳群 馬具・直刀・鏡・須恵器等が出土。舟や人物等が描かれる。

・穴観音古墳 舟・人物・同心円文等が描かれる。

・夕田・水目・刃連・慈眼山・月隈・星隈・藤山こ池辺等に横穴古墳がつくら れる

・聖徳太子摂政となる

・十七条の憲法制定

・大化改新おこる

・斉明天皇新躍征討に進発するも朝貪宮で没す

・白村江の戦い

・壬中の乱おこる

・北部九州に地震あり日田周辺に皿泉湧出『目本書紀』

・大原八幡神、刃連郷岩松ケ蜂(馬原鞍形尾)に来現する(伝承)

・大宝律令制定される。和同開砿を作る

・二皿馬の金凝神社の石虎に刻銘あり、五馬一三か村の奉納と伝える

・「豊後風土記」ができる。豊後国を八郡に分け、日田郡は郷伍所里一四駅一所ありと。津江地方は石井郷に属す

・『豊後国凧土記』できる(現存のもの)

・郡司として大鎖日下部連吉鳴、小領日下部君犬国、主張日下部君死任命される『豊後国正税帳』

・墾田永年私財法

・九州で八万三千人の飢民あり 『続目本紀』

・『続日本後紀』に犬宰府が中井王追放を願うとの記事あり

・鬼蔵大夫永弘日田郡司職に任ぜられる

・大蔵永弘犬原神社を元宮に移す。永弘、慈眼山に築城する『豊西記』

・石体犬明神が殿山(戸山)に来現する

・石井源大夫 会所宮より石井に退く、石井犬明神を祀る

・藤原純友反乱おこる 犬蔵永宣、乱の鎮圧に参加

・永宣羽野天満宮を創建する 『豊西記』

・大蔵永利日田郡界に五所の塁を築く犬肥庄が大宰府安楽寺に寄進される

『天満宮安楽寺草創日記』                    

・慈眼山永興寺が建立される 『豊西記』                

・大蔵永季が朝廷で相挨をとるも十度に及んだが不敗であった二I○四年迄)

・『日田郡司職次第』

・大蔵永季京都よりの帰途大肥荘村薄で病死する

・大蔵季慟が弟氷平二に日田郡司職を譲る

・大蔵永平 婿三牟田盛季に殺害される

・大蔵季守 大蔵季平の郎従に殺される

・このころ日田荘できる(後鳥羽院御願所金剛心院頒となる)    

・大蔵永秀源氏に味方し、功により生葉郡を賜る 『豊西記』  

・大蔵永隆生葉郡隈上荘地頭職を賜る

・慈眼山永興寺 毘沙門天立像銘 犬蔵永秀生年三五寇

・大蔵永秀毘沙門天像を造仏

・大蔵永炭 国東郡に一所を賜る

・日田荘地頭職安堵の下文

・将軍実朝の下知 永秀の一円知行が確定

・大蔵永綱 閑院殿と二条西洞院の扉橋造営に私財を献上する

・日田四郎跡伊美六郎兵衛尉の記事あり

・大蔵永信 異国警固番役を命じられる

・蒙古牒状

・異国防御を御家人に命ずる

・文永の役 蒙古軍攻め来る

・大蔵永基 亀翁山龍宮寺(真光寺)を日隈山に開く『豊西記』

・永資、父永基と共に八角田(博多)に出陣し、筑前国下座郡三奈木荘を賜る

・日田荘地頭職 日田弥三郎永基『豊後国図田帳』

・『豊後国図田帳』作成 日田荘、大肥荘、竹田別符、得善名、田島今泉などが見える

・安岐郷内弁府十町及弘永名三十町、日田弥三郎永基に与えられる

・永興寺の四天王佐四体奉納される 『豊西記』

・日田永貞明極禅師に師事し岳林寺の創建にかかる

・元寇の変

・北条氏滅亡する

・日田荘地頭職が阿蘇大宮司惟時に安堵直される

・豊後国御家人野仲三郎太郎道棟軍忠状に日田肥前次郎の名が登場

・今夷、焼尾、岩屋以下の寺領を日田肥前権守入道が押領する。

・足利尊氏征夷大将軍となる

・肥前権守永貞 岳林寺を造営する「大友家文書録」

足利尊氏岳林寺に石仏六地蔵を寄贈する

 

 

 

 

 

 

 

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安土桃山時代

1570

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江戸時代

1600

慶長

 

 

 

 

 

元和

 

寛永

 

 

 

 

正保

慶安

明歴

 

万治

 

 

寛文

 

 

 

 

 

 

延宝

 

 

 

 

天和

 

貞享

 

元禄

 

 

 

 

 

 

 

宝永

 

正徳

 

 

 

 

享保

1716

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元文

 

寛保

延享

 

 

 

 

 

 

 

宝歴

 

 

 

 

明和

 

 

 

 

 

 

 

安永

 

天明

 

 

 

 

 

寛政

 

 

 

 

 

 

 

 

享和

1802

文化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文政

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天保

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弘化

 

嘉永

 

 

 

安政

 

 

 

 

 

文久

 

 

元治

 

 

 

慶応

 

 

 

 

 

 

 

 

明治

1868

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正

1914

 

 

 

 

 

 

 

昭和

1927

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成

・日田出羽次郎、筑後宮に降伏する「大伴氏時書状」

・九州探題今川了俊下向す。日田氏も同心到着する。

・日田詮永、築之山崎城に戦い敗死「『豊後国志』」

日田詮永・長井貞広・宇都宮経ら南軍と筑後山崎に戦死「資料綜覧」

・(天授五年)大蔵詮永、今川了俊に参陣「足利義満下文」

・北朝の合一

・日田殿、四代将軍義持の奉公衆の一人となる(小番衆)

・五月二十二目の状 豊後国人大友若党共也 肥田 田原 佐伯等の条あり 『満済

准后目記』

・舎弟八郎永好、兄永純の領地の奪取を謀てる

・岳林寺の釈迦三尊脇待普賢菩薩が寄進される

・日田氷秀没す。嫡男七郎(永包)が跡目継ぐ

・永包、郎従今村左馬に殺害される(犬蔵氏血脈二十一代にて断絶)

・大友親満、日田大蔵氏をついで日田永世となのる

・大友十五代親繁の子親常、永世(親満)の跡を継ぐ

・日田郡守源国光朝鮮の漂流者を助け送り届ける

・日田郡守源国光、崇氏・大友氏らと朝鮮に使節を送る

・日田郡守朝鮮に使節を送る

・日田親有、御所の辻合戦にて戦死。親賢跡を継ぐ

・このころから親将、日田郡士と対立する。親将、大友義艦に追われる。郡老支配姶まる(八奉行)

・種子島に鉄砲伝わる

・親将自刃する 日田大友氏滅ぶ

・大友義鑑の跡目を義鎮(宗麟)が継ぐ

・大友義鎮、大原八幡宮に竹田内八町歩を神領として寄進する

・大友宗鱗、大原宮若宮修理に三町三反を寄進する

・大友氏、毛利氏との戦いに日田勢参陣する

・財津鑑永の跡目を治部少輔が安堵される

・築前秋月種実、日田大肥荘を侵略するも日田郡土の反撃にて退却

・日田郡土竹下宗珍、秋月種実に応ずる武の下合戦起こる『豊西記、日田記』

・日田郡土、彦山を攻める

・坂本・財津両郡老、大友義統より筑前小石原攻めを命じられる

・太闇検地

・朝鮮に出兵する。日田郡衆110名の参加あり

・朝鮮での振る舞いにて大友氏は領地召し上げられる豊後の国は太闘蔵入地となる

・宮部継潤 山口宗永 豊後を検地する

・宮木長次郎が日田・玖珠二郡の代官となり、日隈城を築城、田島村を移し、隈町をつくる

・毛利高致、隈藩主となる。日隈城に天守閣を築く

・隈町森家始祖、毛利高政に従って日田に入部

・黒田如水の家老栗山備後守、隈に在城して一年間当郡を支配する

・日田郡は毛利高致の支配となる

・来島康親、森藩主となる。有田郷は森藩領となる

・小川光氏、丸山城を築く。丸山町(豆田町)成立

・日田郡有田郷を森藩に編入する

・毛利高政 佐伯藩に転封

・渡里村他四ケ村干石を福岡城主黒田甲斐守室が拝領

・野村他三ケ村千石を佐賀鍋島信濃守室

・石川主殿頭忠総日田藩主となる。丸山城を永山城と改める。丸山町を豆田町と改める

・中城村の一部の荒れ地を豆田町の屋敷地とする。石川忠総 日田郡の検地をなす

・大原八幡神、石川忠総により現在地に遷宮される

・築後柳川城主田中隼人室の領地返上 後杵築藩預かる

・石川氏転封 日田玖珠二郡は中津小笠原、杵築小笠原の預かりとなる

・島原乱おこる

・二人代官、小川藤左衛門・牛川九左衛門が着任。永山城前に布政所を置く

・俳人中村西国生まれる

・小川九左衛門江戸から西下の途中事故死する

・小川藤左衛門正久・小川又左衛門行広両代官 日田陣星に入る

・俳人坂本朱拙うまれる

・高松地区が天鎖となる

・高松(大分市)地区天鎖となり、支配地七万石となる

・俳人長野野紅生まれる

・佐賀鍋島氏室の領地返上。この千石は両小川氏の支配となる

・日田郡二十五村農民、代官を訴える(藤山村騒動)幕府は百姓を処罰し、両代官をやめさせる

・日田代官支配地七万石は熊本藩主細川氏の預かりとなる

・山田清左衛門刊信(日田在陣)竹内三郎兵衛信就(高松在陣)の両代言の支配

・代官近藤助右衛門政勝(高松在陣)寛文11年まで             ‐‐

・山田清左衛門一人代官(高松在陣)

・将軍家綱、岳林寺へ三十石を寄進(友田村のうちから)

・広瀬家(博多屋)始祖 豆田町魚町に移住 

・俳人長野りん生まれる

・大原八幡宮再興される『造領記』

・二人代官永田七郎左衛門貞清(日田在陣三田次郎右衛門(高松在陣)

・代官永田七郎左衛門 両町の地子負担について調査

・姫路城主松平直矩、親藩日田藩主となる。直矩は来任せず

・手島新左衛門景大生まれる

・松平氏、山形へ転封。再び天領となる

・大原八幡宮楼門石段成る『造鎖記』

・代官三田次郎右衛門守良 高松在陣にて日田兼支 高六万二千石

・両町地子負担をはじめる。豆田町の免は六ツ、隈町は六ツ二分

・日田郡藤山村農民、庄屋を訴える

・代官小長谷勘左衛門正綱は高松在陣、日田兼支

・六月 隈町火災 町の半数以上(百五十軒)焼失

・中村西国没する

・代官室七郎左衛門重福、若殿室金右衛門同道、目田在陣、高松兼支 十万石支配

・隈町大火

・朝倉郡小石原村の陶工柳瀬三右衛門 小鹿田焼を開く(伝)

・正徳の胎

・隈町火事

・代官南粂金左衛門高松在陣 日田兼支。

・隈 豆田祗園山鉾始まる『豊西記』

・日田郡百姓、幕府の巡見使に生活困窮を訴える

・南条代官、並柳村(湯布院)にて死亡 墓は大超寺にあり

・代官室七郎左衛門 高松在陣にて、日田天草兼支

・代官池田喜八郎季隆高松在陣 日田兼支十万石

・大岡忠相、江戸町奉行となる

・大雨 大水害

・代官増田太兵衛永政目田在陣 高松兼支十二万三千八百六十五石支配

・有田十一村農民、上城内庄屋宅へ愁訴

・広円寺釈法蘭生まれる

・他領より四十名領内へ逃散 のち三百五十名逃散

・増田代官 鎖内に命じ大原八幡宮の道具を仕直す

・西日本一帯虫害により大飢僅に襲われる

・年貢は免除される

・長崎回米姶まる

・俳人坂本朱拙没す

・代官岡田庄太夫着任 日田在陣高松兼支助合穀銀の判度を始める

・長福寺釈宝月生まれる

・長野野紅没す

・日田郡馬原村庄屋・組頭ら愁訴

・助合穀銀の設置(岡田代官)豆田町免六ツ三分、隈町免六ツ五分に増額

・城内筋十三ケ村陽戸訴訟おこる。穴井六郎右衛門ら江戸に出立

・日田郡馬原村 穴井六郎右衛門ら越訴

・日田郡五馬筋・玖珠郡から森藩領へ二千人逃散

・日田郡大山筋より久留米藩領へ八百人逃散

・日田・玖珠郡の農民、代官所へ強訴

・千原欣右衛門 苗宇帯刀を許される

・穴井六郎右衛門ら浄明寺川原で処刑される

・手島景大没す

・岡田庄太夫勘定吟味役に昇進し、長男岡田九郎左衛門が日田代官高松兼支

・大原八幡宮神輿、新調される

・長野りん没す

・岡田庄太夫の次男、揖斐十太夫代官として着任。最初の西国郡代に昇格

・大蔵永常 生まれる

・長福寺釈法海生れる

・広瀬家、豊後岡・杵築・府内三藩の御用達となる

・広瀬平八(月化)初めて竹田・杵築・府内藩の御用達となる

・森春樹生まれる                         

・豆田町大火                             

・郡代揖斐十太夫病死 揖斐富次郎十三歳で郡代となる

・豆田町大火 火元は丸屋幸右衛門

・揖斐富次郎郡代十八歳で死亡 弟杵五郎が幼少で郡代となる

・杵五郎 靭負と改名。ロシア船蝦夷地に来航し通商を求める

・広瀬平八、弟三郎右衛門(桃秋)家督を譲り、秋風庵に隠居する

・広瀬淡窓生まれる                  

・天明の大飢謹                  

・広瀬秋子生まれる

・揖斐宗の養子造酒之前二十歳で郡代となる

・大水害 限町の免は六ツ九分となる                   

・広瀬久兵衛生まれる                 

・日田郡農民、献金にたいして不穏な勤き          

・揖斐造酒之助郡代を免職となる。羽倉権久郎代官着任

・大原社造営 同十三年新社に遷宮

・大蔵永常 上坂する

・隈町火事

・淡窓 亀井南冥の塾に入門。森春樹『日田郡志・玖珠郡志』をつくる 有浦琴ヱ寺小屋 三遷堂を開く

・山田常良生まれる

・大蔵永常 『農家益』を刊行

・『豊後国志』編集

・淡窓 長福寺学寮で門弟教授を始める 樋口安左衛門 加々鶴新道工事を行う

・羽倉代官 西国筋郡代に昇格

・広瀬旭荘生まれる

・淡窓 桂林園を開塾

・羽倉代官没す

・羽倉左門(のちの簡堂)代官となる。平野五岳生まれる

・長梅外生まれる。三河ロ太忠輝昌西国筋郡代となる     

・伊能忠敬日田を測量する

・森春樹 隠居し、家督を弟甚兵衛に譲る三河ロ代官 湯坪村にて急死 長男八郎

輝長が代官となる

・田中町より出火 隈町百十四軒・竹田村二百二十四軒焼失・照蓮寺で十七人焼死

・塩屋大四郎 代官となる

・広瀬淡窓、咸宜園を開く

・頼山陽日田を訪れる

・平野五岳、咸宜園に入門。広瀬青村生まれる 塩谷代官、陰徳倉を建てさせる

・塩谷代言、西国筋郡代に昇進

・月化没す。草野宗内・広瀬久兵衛の二人が中城村堀田村の庄屋に命ぜられる

・隈町・竹田村大火、焼失五百軒ばかりとなる

・小ケ瀬井路工事に着手

・塩谷代官 豊前豊後各地の海岸で新田の開発に着手

・京屋山田常澄、隈川通船工事を完成

・大蔵永常、江戸に本拠を移す

・日田川通船、完成 『森家永代記』

・広瀬久兵衛 中城河岸を設ける。呉崎新田(豊後高田)の造成に着手

・千原家、はじめて小倉蕃に貨付をする

・洪水

・大風、日田郡で二百軒吹き飛ぶ 死者十名

・呉崎新田完成。面積三百六十町歩 工費三万両

・広瀬久兵衛、隠居し諸藩の藩政改革に専念する

・淡窓、旭窓に咸宜園を譲る

・千原夕田生まれる

・咸宜園官府の難起こる

・小ケ瀬井路完成

・日田川通船 株仲開結成。森春樹『造領記』を脱稿する

・広久兵衛、掛屋を命じられる

・諫山款村 咸宜園に入門、長三州生まれる

・大蔵永常、三河国田原藩に招致される

・森春樹没す。犬蔵永常三河田原藩の産物取立方に任ぜられる

・塩谷郡代 江戸城西の丸留守居役となる

・広瀬旭荘、堺に開塾 のち大坂に移る

・日田天領支配地は長崎代官の預かりとなる。

・大水

・寺西蔵太元栄、西国筋郡代となる。大塩平八郎の乱おこる

・寺西代官病死、墓は岳林寺にあり

・尾清左衛門、郡代に任ぜられる

・淡窓 苗宇帯刀を許される

・大蔵永常、浜松藩の厚産方となる

・広瀬久兵衛、府内藩財政改革に着手

・広瀬旭荘江戸にて開塾

・玖珠川通船開設

・池田岩之丞、郡代に任命される

・広瀬久兵衛、苗字帯刀を許される

・七月台風・八月台風、凶作のため穀物高値となる

・千原家、小倉藩御用達となる

・池田代官、異国船防御のため献金を命ず

・淡窓、青村に塾政を伝える。長信成咸宜園に入門

・広瀬淡窓没す(七十五歳)

・大風水で花月川氾聯

・草野中右衛門 苗字帯刀を許される。

・安政の大獄おこる

・大蔵永常「広益国産考」を刊行

・池田代官病死、長崎代官天鎖目田支配地を預かる

・屋代増之助郡代着任

・広瀬旭荘没す(五十七歳)

・「豆田町絵図」作成される

・郡代窪田胎部郎右衛門着任

・広瀬久兵衛、宇佐広瀬井路工事に協力

・窪田代官、日田の富豪に小倉藩に対し一万両の貨与を命ずる

・長州戦争用の軍資金献金を命じられる

・両町掛屋商人、「中極書之事」を作成

・窪田代官 小倉戦争に出陣 農兵隊(制勝組)を組織する

・千原家、二百八十九町歩の土地を集める

・制勝組の大調練が伏木で行われる

・小倉藩家老以下十七名日田に来る

・王政復古、幕府が倒れる

・日田郡騒勤 割り返し金、年貢減免等を要求

・窪田代官、逃亡する。九州各藩兵が日田に入り込む

・明治維新

・長崎裁判所参謀松方正義初代日田県知事となる

・凶作

・生産会所の設置                      

・養育館設置

・水害

・日田県一揆起こる

・野村宗七目田県知事となる

・大分県成立、日田県は吸収合併となる

・大分県は十七町一八〇一村を八大区一五九小区とする。日田は第八第区となる

・八大区会所(市郷会所)設置

・宗門改めの廃止

・豆田郵使四等仮役所設置 日田で最初の郵便業務

・租税改正

・小村合併される 三十二町村となる

・西南の役

・隈の紺屋町火災

・中津藩犬参事桑名豊山初代日田郡長となる

・豆田町で火災、六十戸消失

・復権同盟おこる

・水害

・大水害

・日田郵使電話局開設

・『日田新報』発刊

・日田水電株式会社発足

・日田町成立(隈豆田合併)

・県立日田農林学校開校

・日田郵使電信局を目田郵使局と改称、開設

・日露戦争おこる

・大清火事

・日田男子尋常高等小学校 日田女子尋常高等小学校発足

・日田漆器株式会社創設

・女子畑発電所からの送電はじまる。

・淡窓図書館開館

・筑後軌道豆田駅開業

・鯛生金山鉱毒騒勤。大正の足尾事件と呼ばれる

・日田町役場ストライキ

・日田中学設立認可

・大水害

・県立目田農林学校を目田山林学校と改称

・三隈幼稚園開園

・日田郡貌組合争議

・日田山林学校を日田林工学校と改称

・久大線開通

・日田自勤車株式会社設立(石井自動車、小国自勣車、旭自勤車商会合併)

・川開き観光祭姶まる

・百万戸の満州移住計画 広田内閣

・国家総勤員法

・日田家政学校発足

・日田女子商業学校発足

・日田町、三芳村、光岡村、高瀬村、朝目村、三花村、西有田村合併 目田市成立金属回収令

・大政翼賛会成立

・大鶴村開拓団、満州に渡る

・大鶴村開拓団の家族、入植する

・初代日田市長に首藤今四郎就任

・日田市新庁舎増築

・中央発条株式会社誘致

・ミッドウェ−海戦

・市制・町村制の改正

・大原社外運勤場完成

・日田市より陸軍航空鉄六機が献納される日田市より海軍航空鉄が六機献納される年末から翌年にかけて陸軍小倉造兵廠の日田疎開始まる

・清岸寺町空襲 死者二名負傷者二名

・大平洋戦争終戦

・GHQTが農地改革を指令する

・大凶作となる

・二代目市長に伊東政喜氏就任

・三代目市長に広瀬正雄氏就任

・男子校を月隈校に女子校を日隈校に改編

・先哲祭・淡窓祭が始まる

・県立工芸指導所の日田誘致

・戦後初の選挙

・新制中学校判度

・県立林業試験場日田に設置される

・日田川開き観光祭が復活する

・戦後初の地方自治体首長選挙 広瀬正雄氏無投票当選

・県下用材林蓄積量で目田は二十四%を占める

・国より「重要本工集団地」に指定される

・「耶馬日田英彦山」国定公園に指定

・市長選挙 広瀬正雄市長三期目となる

・現市庁舎できる

・広瀬正雄氏衆議院に立候補し当選する

・東京学生寮「相親寮」ができる

・市長選挙行われる。四代目市長に岩尾精一氏が当選

・温泉の据削はじまる

・町村合併促進法公布

・大水害

・夜明ダムの建設 筏流し三百年の歴史を閉じる

・日田経理学校は日田商業高校(現藤蔭高)となる

・学校給食が始まる(若宮小学校より)

・バーナード・リーチ 小鹿田を訪れる

・三月 東有田・小野六贈・夜明・五和の各村 日田市に合併人口六万五七二人

・日田市が成立

・淡窓百年祭が開かれる

・市長選挙、岩尾精一氏当選

・花月中7牛野中1北部中の一部統合し、戸山中学となる

・下筌ダム反対運動 反対者は蜂の巣城を構築

・市立博物館新設される

・淡窓図書館改築される

・二十八年の水害による三隈川の改修・復旧完了

日田市民会館が完成

・県立三隈高校の新設

・日田駅周辺地域区画整理事業が始まる

・市長選 畑英次郎氏当選

・日田市郡と玖珠郡は広域市町村圏に指定

・日田淡水魚センターが完成

・国に先駆けて「老人医療費支給制度」を実施

・広瀬正雄氏、郵政犬臣に就任

・国道二百十号線、日田〜湯布院間開通

・市長選挙、畑英次郎氏当選

・柳叉発電所完成

・日田林工夏の甲子園に初出場

・石井工業団地造成完了

・日田観光対策協議会発足

・「日田製材団地協同組合」結成

・市中央公民館(文化セソター)完成

・月隈小学校を、咸宜小学校・桂林小学校に分割する

・衆議院選挙 畑英次郎氏初当選

・日田市長選挙 石松安次氏当選

・天領まつり始まる

・岳林寺境内に「目田市立郷土史料館」完成

・TDK日田三隈川工場が操業を開始する

・「日田玖珠地域産業振興センタ−」完成

・日田市長選挙、石松安次氏当選

・環境庁より「快適環境整備事業」の指定をうける

・日田市長選挙、石松安次氏当選

・ニッカウヰスキー日田工場操業を開始

・隈町に「祗園山鉾会館」 豆田町に「天領資料館」開館

・市立淡窓図書館が移転・新設される

・済生会日田病院オープソする